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サンタとトナカイと老婦人
 東京都下,急行が止まる程度の中規模ターミナル駅の前。そこでタクシー「のような」仕事をしている二人組がいる。名前はサンタとトナカイ。もちろん仕事上のコードネームみたいなものだが,正規にタクシー業務をしている人にもその名前は知れ渡っている。金額次第でどんな人でも望み通りの場所に運ぶから,である。
 彼らはいわゆる白タクとは違う。ロータリー手前で客を呼び込むことはなく,改札につながる階段に座ってただ待っているだけだ。そして,金額を提示するのは常に客側である。彼らはその金額に見合う距離で,かつ「限りなく希望に近い場所」に運んでくれるだけ,である。
 「短時間で構わない,人目につかないところに運んでくれ。」とある有名人に要求されたこともある。彼らにいくら支払われたのかは定かでないが,多数のゴシップ記事ライターたちの追跡を簡単にかわし,彼らはその有名人を「人目につかないところ」に運んだらしい。何かに追われるようなときも彼らは安全運転で,他のドライバーたちは「あんなに大騒ぎされてた中,なぜ彼らは悠々と○○を運べたのだろう?」と訝しがっていたほどだった。使われる車はその時によって異なるらしく,さまざまな目撃証言に共通するのは普通の自家用車であることだけだった。その穏やかな仕事ぶりから「二人組」である必要もなさそうだったが,なぜか彼らはいつもチームで行動していた。
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 その日はひどく寒く,ロータリーで待つ客を相手にしない彼らはそろそろ引き上げようとしていた。そこにひとりの老婦人がやって来た。

「『サンタとトナカイ』というのは,あなた方でしょうか?」
「…そうです。依頼ですか?」
「えぇ。急ぎではありません,詳しいことは車に乗ってからで宜しいでしょうか?」

 この老婦人がなぜ自分たちの名前を知っているのか――どう見ても普通の生活をしている平凡なおばあさんだった――気になったものの,身の危険を感じなかった彼らはそのまま老婦人を車まで連れて行った。なんの変哲もないエコカーの後部座席に彼女を案内し,それに次いで彼らも席に着いた。老婦人がなにも言わなかったので,彼らもまたいつものように走り出した。
 市街地を抜けるように数分走り続けると,老婦人が封筒を差し出した。厚みはほとんどなく,もし現金が入っていたとしてもそれが微々たる額なのは目に見えていた。どんな依頼なのか見当もつかなかったが,封筒を手渡すと老婦人は話し出した。

「最後の戦争が終わってから,息子は帰って来ません。息子のところに送って欲しいんです。出来るだけ近くがいいの。お願い出来ないでしょうか?」

 バックミラー越しに見えた老婦人の瞳は,狂人のそれではなく至って平静であった。サンタとトナカイは静かに目を閉じた。運転中に目を閉じることは――危険極まりないのに不思議と事故を起こすことなく――よくある彼らだが,今日はいつもより長めに目を閉じた。行き先は見つかったようだ。

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余所に書いたのを再掲で。時間があったので,メンテナンスも兼ねてということですいません。
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しばらくぶりです。
 個人で使ってたメールのアカウントが廃止になるそうで――プロバイダがどーぞ!と渡してくれたのがなくなるなんて,あるんだーと途方に暮れつつ――時代の流れよのぅ…と感慨に耽りながらGmailのアドレスを取得したりしてました。で,ユーザー登録してる色々を直しているついでに久しぶりにログインした,というわけです。こんばんは。

たっぷり30代を過ぎて,じっくりテキストに起こしてみたいことはいくつかあるけど,まとまったテキストを書ける時間や社会的余裕がなくなっている。そろそろ作りたいな,と連休の夜などに考える,なんてのは独身同世代が結構考えてることなんじゃないか?と思ったりします。

まぁさておき残務整理が先なので,今日はこんなところで。

tele9th拝
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おしまいにする客のこと(仮)
 ショップの入り口に溜まったごみくずを掃いてると,なんとなく季節の変わった感じがするものだ。それは秋に入りましたよ?というのをどこかに報告する儀式みたいなもので,枯葉なんて必要ないのかも。そんなことを考えて垣根の隅をそそ…と掃いてるとお客が来た。僕はほうきとちりとりを片手にまとめながら挨拶して,彼の後に続いて店に入った。

「本日はどのようにしましょうか?」
「うん,カットを」
「はい,かしこまりました。どなたか指名の者はいらっしゃいますか?」
「いや,どなたでも構いませんよ」
「かしこまりました。ではこちらにおかけになってお待ち下さい。」

 僕のお師匠―お世話になった修行先の店長のことをこう呼んでいる―が言ってたことは,ひとりで仕事を繰り返すようになってどんどん重みを増している。“男性客はその人の服装と靴,時計を見てどんな職種か推察し,そこからドレスコードを想定してオーダーを聞くべし”。運営マニュアルはたいていこんなこと書いてあるけど,まぁ自分の知ってる人種を当てはめようとすると最初は失敗するよ?地域柄もあるし,何より自分の知人・友人なんて似たような人間しか集まらないしねぇ。
 店を構えた最初の頃は,それって年齢不詳の若作りしたいおばさんが来て面食らう,くらいのことでしょ?と思っていた。でも,お師匠が言ってたことの意味するところはそんな簡単なことじゃなかったんだな,と。今日のこの人も,年齢から仕事までさっぱり分からない。もうかれこれ1年近く通っている人なのに,だ。最初来たときはカジュアルな格好,たしか水曜の午後であぁ自営の人かな,と推測した。でもあるときは仕立てのいいスーツを着て仕事用のブリーフケースを持っていて,大きく修正することになった。来る曜日も時間もまちまち,休日の9時くらいにやってきて襟足だけそろえて駅の方へ行ったり,平日の昼過ぎにネクタイを外しながらやってくることもあった。おそらく僕と同い年くらいだと思うけど,僕の友人に同じ職種はいないんじゃないかな。やってきた日それぞれの雰囲気にあう知り合いはいても,それをぜんぶ兼ね備えた奴,というのはパッと思い浮かばない。
 手先とは別にそんなことを考える。気になるなら聞けばいいんだけど,“詮索を目的としたコミュニケーションは客離れのもと”というお師匠の格言もなんだか怖くて聞けない。それに面識の浅い人になにかを尋ねるのはこっちだって気兼ねするんです,やっぱり。接客をするようになってさすがに慣れて来たけれど。

「・・・さんは,あまりお話にならないんですね?」

あっぶな!シャギー入れすぎそうになる手元を修正する。

「え,いや,いえいえ。いつも本をお読みになってるので」
「あぁ?これのせい,か。そんなに集中して読んでるわけでもないんですよ?」

1年も通ってもらってるのに,職種すら分からないのはこの文庫のせいもあった。いつもブックカバーをかけて黙々と読んでいるので,こっちも話しかけることがほとんどなかったのだ。でもそれが珍しくて,この人のことなにも知らないのに,なんとなく覚えてしまった。

「そうだったんですか…どんなジャンルを読むんですか?」
「んー茫漠とした小説?答えになってないですね。ひとりの作家のものを繰り返し読むから,好きなジャンルなんてないんですよ実は」
「へえぇ…僕なんか一回読んだらそれっきりですよ。しかも活字苦手だから,一冊読むのに数年かかったりします。埃を吹き払うところからはじめたりして」
「あはは,わたしも早くはないんですよ。でも,これなんかかれこれ10数回は読んでるんじゃないかな?最初に読んだのは高校生のときだから,もうちょっとで30年ですね。うん…26年か」

年齢については偶然なんとなく分かった,けど僕よりはるかに年上だった。ますます何をしている人なのか分からなくなった。僕のひとまわり上の人がどんな仕事について,どんな生活をしているのか。自分の周囲にいるのはお師匠くらいなものだけど,確かに参考にならなそうだ。

「そうなんですか。あ,ちょっとお鏡のほういいですか?襟足のほうの確認を」
「あぁ,はいはい。」

こんな感じで今日はいつもより話すことになった。妙に丁寧な喋り方でこっちも緊張するけど,横柄な若造よりよっぽどいい。この丁寧さは仕事柄から来るものなのかな。今日はいつもより短くしたから,次に来るのはそんなに先じゃないでしょう?とすれば,次のときは仕事の話題でも振ってみようかな。

「じゃブローしますね?ワックスはつけていいですか?」
「はい,お願いします」
「はい…サイドがこうボリュームが出やすいので,少し内側だけカットして,外側は長めに残しておくようにしました。短めにしたのたぶん久しぶりだと思うんで,しばらくは撥ねるんじゃないかな?と。でもくしなんかで押さえながらドライヤーかけて頂ければ大丈夫だと思います…」



「うん,サッパリした。これで始められそうだ。」

襟足の長さを確認してもらいながら,この人はそんなことを言った。

「良かったです。何かのげんかつぎの邪魔にならなくて」
「げんかつぎ?…あぁ,始めるっていうこと?」
「あれ,違いましたか?」
「いやいや間違ってないです。いいんですよ,始めるには違いない。でもさしてめでたい話でもないんですよ。『終わり』を始めるのだから」
「おわり?を始める…んですか?」

「えぇ。終わらせるんですよ,わたしに関わってることすべてを。今日はそのためにここに来たようなものなんです。そろそろ自分で区切りをつけないと,と思って,その後押しをするきっかけとか,始まる目印とか何かしらが欲しかったんです。心地よい日和に最高の接客をする美容院でいつもより短く髪を切ってもらう。今日の・・・さんのそれは,わたしが今いちばん望んでいるタイプのものでした。うん,とても良かったです。」



 またご来店下さい,と言うとその人は静かに微笑んで帰って行った。へんな話だけど,それでも僕は彼の笑顔そのものは覚えていない。というか,どんな顔の造作の人だったのかすっかり忘れてしまっていた。数ヶ月ぶりにやってきてもあぁ,と気づくような独特の雰囲気を持った人だったのに,今は一生懸命思い出そうとしても,その微笑んだ,という印象しか残ってなかった。唯一ちゃんと思い出せたのは,そんなに老け込んでるわけでもなく,かといって髪を染めてるわけでもなかったのに,襟足のところだけ不自然な数混ざったその人の,毛先に向かって色のなくなる白髪のこと,くらいだった。妹の本棚から借りて読んだことのある文庫の一節,本筋とはまったく関係のない『顔のない人の話』を,ふと思い出した。
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